自己紹介

こんにちは。地域包括支援センター働いている「たっつん」と申します。いつの間にか福祉の世界に身を置いてもう10数年。

最初は福祉のことは何もしらずに飛び込んで、この業界で一生仕事をしていこうとは思ってもいなかったです。

名前 たっつん(由来は父親の干支から)
性別 男性
趣味 ラジオ聴きながらランニング、読書(漫画も含める)、お酒を飲んでYouTubeを見る(最近はオリラジ敦ちゃんのYouTube大学にハマっている)
資格 主任介護支援専門員、社会福祉士

現在は、地域包括支援センターの管理者で働いています。

営業職での挫折・・・その後、福祉の世界へ


5流大学卒業後。就職氷河期世代の私は、何とか就職先を決めることができ研究機器の営業という仕事をしていました。凄くマイナーな業界です。ビーカーやフラスコなども売っていたと思っていただければ結構です。

その頃の自分は

いかに仕事に時間を取られないで、人生の楽しみを見つけていくか!

みたいなことを考えていたと思います。

仕事で失敗をしても「仕事の自分は本当の自分ではない!俺はプライベートでこそ本当の自分の実力を発揮するんだ!!」なんてことを言い聞かせてました。

もちろん、そんな考えで仕事がうまくいくはずがありません。次第に、お客さんや取引先の営業マンにわかってしまいます。こいつはやる気ないな・・・ということが。

仕事中は外で昼寝をするありさま・・・

当然、営業の売り上げも全然上がらず、上司からは怒られる日々。ますますやる気がなくなり、昼間は営業車を公園駐車場に停めて寝てました。

そして2~3件適当に営業周りを行って、夕方に営業所に帰り、嘘の営業日報を作り、退社する。そんなクソな給料泥棒サラリーマンでした。

元気のない日々を送ることに・・・

それでも、完全に開き直ることが出来ず、社会に出ても何も結果を残せないダメやつと自分を責め始めうつ病っぽくなりました。

月曜日が死ぬほどつらく、サザエさんがを見ると、涙を流していたり、戦争でも起きて全部ぶっ壊れないかな。なんて考えていました。

私という人間は仕事とプライベートの自分を切り離して生活するなんて無理で、仕事を一生懸命やり、認められないと普段の日常生活も楽しくない人間なんだと分かりました。

周りの人に迷惑をかけながら、いつもいつも辞めたいと思っていた会社を何とか3年間続け退職しました。

未経験で知識なしで老人ホームの相談員

ただ、仕事を辞めたいと思って働いてきた私は、次にしたい仕事もなく、半年間ぶらぶらとバイトや派遣社員といった身分で仕事をしていました。

その後、当時は新聞広告の求人情報で新規オープンの有料老人ホームの事務の仕事を見つけ、未経験でも採用してくれるということで何となく応募しました。

そして、26歳で新規オープンの60人規模の有料老人ホームで相談員として働きだしたのです。

給料は確かに安かったですが、以前の営業職ほど売り上げを求められないし、パソコンが少しできたのと営業職をしていたので

ある程度のコミュニケーション能力があったので、何かと頼られる存在になりました。考えてみたら私が社会人になっての初めての成功体験だったのではないでしょうか。

その後、1年で施設長が移動になり何故か自分が施設長に(この時は資格も何もない素人)。施設長になると、給料も多少上がり、自分も自信を持ち始めました。

おまけに、1年で施設長になったということはまだ20代で若かったこともあり、たいしたこともないのに調子に乗ってました。

女性職員に声をかけたりしました。感情に任せて年上の職員でも怒ったりしました。

正直イキってました。

そんなことをしていたら、陰で悪口を言われ、嫌われるのも当然のこと。だんだんと職場での居心地が悪くなってきました。

そんな中、ケアについての志があった訳でなく、居心地の悪い職場から逃げるため『ケアマネジャーの資格をとったら退職してケアマネとして働こう!!』という意思が塊ました!

何とか施設長になってから4年間は勤め、不純な理由でありましたが、ケアマネジャーの資格をとり退職しました。

2人だけの居宅介護支援事業所

ケアマネジャーの資格を取ってすぐに、宅介護支援事業所に就職しました。その時32歳。

その会社はケアマネ事業所の他にデイサービスを3つと訪問介護事業所を運営していました。居宅介護支援事業所では1人の男性管理者の先輩と私の2人だけの小さな居宅介護支援事業所。

この時は、管理者の人とも関係性が良く楽しく仕事ができました。しかし、入社して10カ月後、先輩が友達と事業所を立ち上げるということで退職。

それも自分の利用者を勝手に持って行ってしまったので会社ともめにもめて先輩は去っていきました。

そして、残された私は一人になり、まだケアマネ初心者でも居宅介護支援事業所の管理者となりました。その後、必死で1年間、孤軍奮闘しながらケアマネ業務を行ったのです。

ケアプランも0人から営業活動をして、35人マックスまで利用者が獲得することができました。

お誘いがあり地域包括支援センターで勤める

孤軍奮闘したおかげか、一緒に仕事をしていた地域包括支援センターからお誘いを受け働くこととなります。その時34歳。

しかし!なんと入社したらすっごく大変でした!!

他の職員から無視されたり、包括支援センターの仕事もわからないのに、重要な会議に出席させられたり、めちゃくちゃハードなケースを担当させられたりとめちゃくちゃ!!

終電で間に合わなくカプセルホテルに泊まったこともありました。

おまけに地域包括支援センター内の従業員同士の仲がめちゃくちゃ悪く、従業員の退社退社のオンパレード!!

気が付けば1年半後・・・私が一番長く勤めている従業員となり包括支援センターの管理者となっていました。その時36歳。

介護支援専門員の資格しかもっていなかった当時は周りの事業所に馬鹿にされたりしましたが

その後、主任ケアマネジャーと社会福祉士の資格をとり、今でも管理者として働くことができています。

流れ流され現在の職場にたどり着きましたが、今ではなんとか、仕事にもやりがいを感じることが出来ています(笑)

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