【社会福祉士国家試験】画像で覚える社会保障制度の発展(外国編)

資格試験

社会福祉士のたっつん(@enjoywelfare)です。

社会福祉士国家試験の勉強をしている人にお勧めの記事です。

共通科目の社会保障の章から社会保障制度の発展(外国編)についての紹介です。

出題される人物も出てきますので、画像を載せて視覚的に覚えやすく紹介していきます。

世界で最初に社会保障が制度化されたのはやはり外国です。日本の社会保障の歴史より外国の社会保障の歴史が頻出しています。

この本で一発合格しました

大まかに国別で社会保障の発展を見てもらい、最後に年表にまとめましたので最後まで読んでください!!

画像で覚える社会保障制度の発展:イギリス

エリザベス救貧法

エリザベス1世/wikipediaより引用

1601年に世界で初めての体系的な救貧制度として、エリザベス救貧法(救貧法)が制定されました。

キリスト教の教区ごとに救済税を徴収しました。

エリザベス救貧法では働くことのできない無能貧民は病院のような施設で救済してもらえます。

一方、働くことのできる有能貧民はできるだけ働かされました。ワークハウスというところで強制労働もさせられます。働けない貧民の方が良い気がします。

新救貧法

1834年に救貧法が大改正されて新救貧法となりました。新救貧法では3つの原理・原則が打ち立てられました。

新救貧法では3つの原理・原則
  1. 行政水準の全国的統一の原則。以前はキリスト教の教区ごとに救済水準がわかれていましたがそれを統一。
  2. 劣等処遇の原則。救貧法で救済を受けている人の地位は、最下級労働者の下でなくくてはいけない。生活も外見も最下級労働者よりも低くしなくてはいけない。
  3. 労役場制度。有能貧民の院外救済を廃止して、ワークハウスで強制労働。

貧民に対してはますます厳しいものになっていきました。

老齢年金法と失業給付と医療保険

時代は変わり1908年。貧困調査により貧困の実態が明らかとなり、老齢年金法が制定されました。保険料はなく無拠出ということでした。老人が増えてきたら財政が圧迫されそうです。

1911年 世界初の失業給付医療給付を行う国民保険法が制定されました。

ナショナル・ミニマム

1920年にウェッブ夫妻ナショナル・ミニマムの概念を展開しました。(提唱したのは1897年)。

ナショナル・ミニマムとは国民の最低限度の生活条件を国が確保することです。

「最低賃金」、「労働時間の上限」、「衛生・安全基準」、「義務教育」の4つが必要と提唱しました。

それにしてもベアトリアウェッブ婦人は美人です。

ベヴァレッジ報告

1942年のベヴァレッジ報告はイギリスの社会保障制度を製作するための理論的支柱です。

イギリスが克服するべき課題を貧困、疾病、無知、不潔、怠惰とした(5つの巨人悪を上げました。

ベヴァレッジ報告は進撃の巨人と結び付けても覚えやすいと思います。

そして、ベヴァレッジ報告ではナショナル・ミニマムの保障なども挙げています。

画像で覚える社会保障制度の発展:ドイツ

ビスマルク/Wikipediaより引用

鉄血宰相ビスマルクの「アメとムチ政策」で世界で初めての社会保険の疾病保険が制定されました。

アメとムチの政策というのが体育会系の元軍人ビスマルクにとっても似合っています。アメの部分が社会保険で国民に手厚い助成を与えて、ムチは社会主義取締法というのを制定して徹底的に労働者運動を取り締まりました。

アメとムチの政策のアメ部分(社会保険)
1882年 疾病保険(世界で最初の社会保険)
1884年 災害保険
1889年 養老及び疾病保険

画像で覚える社会保障制度の発展:アメリカ

ルーズベルト大統領/wikipedaより引用

1935年。アメリカのルーズベルト大統領世界恐慌(1929年)の時に行ったニューディール政策の後に社会保障法を制定しました。

社会保障法では「社会保障」という言葉が世界で初めて使用され。年金保険、失業保険、公的扶助を導入しました。

画像で覚える社会保障制度の発展:ILO(国際労働機関)

wikipediaより引用

ILOは国ではなく国際機関になります。1942年のILO(国際労働機関)が「社会保障への途」という報告書を出し、ニュージーランドの社会保障制度を紹介しました。

ILO(国際労働機関)は、社会保障の最低基準と枠組みを定めた「社会保障の最低基準に関する条約」(第102号条約)が有名。この条約では、社会保障の給付の傷病給付、失業給付、老齢給付、業務災害給付を規定している。

画像で覚える社会保障制度の発展:フランス

1945年。社会保障局長官ピエールラロックラロックプランを提唱しました。ちょうど第2次世界大戦が終戦した年です。

ラロックプランは社会保障制度を全国民に対象を広げた総合的な社会保障計画でした。

画像で覚える社会保障制度の発展年表(外国編)

年号

人物

覚えるところ

1601年 イギリス エリザベス1世 エリザベス救貧法。救貧税の徴収。
1834年 イギリス   新救貧法。行政水準の統一、劣等処遇、労役場制度。
1883年 ドイツ ビスマルク 世界初の社会保険(疾病保険)。アメとムチ政策。
1884年 ドイツ 災害保険
1889年 ドイツ 養老及び疾病保険
1897年 イギリス ウェッブ夫妻 ナショナル・ミニマムを初めて提案
1908年 イギリス   老齢年金法。保険料なし
1911年 イギリス   国民健康法=(世界初の失業保険+医療保険)
1920年 イギリス ウェッブ夫妻 ナショナル・ミニマムを展開
1935年 アメリカ ルーズベルト大統領 社会保障法世界で初めて社会保障という言葉が使われる。
1942年 イギリス   ベヴァレッジ報告。5つの巨人悪。ナショナル・ミニマム。
1942年

ILO(国際労働機関)

  社会保障への途を報告。ニュージーランドの社会保障を紹介。
1945年

フランス

ピエールラロック ラロック・プラン。社会保障を全国民に広げる。

覚えるボリュームはイギリスが多くなっています。

世界大戦前はやはりイギリスが世界の中心であったように社会保障制度もイギリスが先に発展していってるようです。

以上になります!読んでいただいてありがとうございました!!

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